【ソウル=黒田勝弘】「日帝時代は暗鬱(あんうつ)な時代ではなく、資本主義が根を下ろし、すべてが新しく始められるダイナミックな時期だった」−韓国が「日帝時代」と称される日本支配から解放された記念日の15日、韓国の有力紙・東亜日報が最近の韓国の学者のこんな主張を紹介しながら、日本統治時代の歴史を多角的に見直す必要性を強調する論評を掲載した。
美しい国へ 安倍 晋三著
文春新書 ¥ 767
私は、『美しい国へ』というタイトルを最初にみたとき、たいへん安倍さんらしいなと思った。文春から刊行されたこともまた彼らしい。普段TVで見ている時、彼について感ずることは、”真っ正直な人間みたくみえる”ということ、そして”レフトの方々に特有なうさんくささと偽善ぶり”が全くかいま見えないことだった。是を評して、彼を”理想かぶれのお坊ちゃん”と見られる向きもあるようだが、祖父に岸信介、父に安倍晋太郎を有する血統だけあって、”自主独立の気概あってこその国民の安泰”を信念とする『闘う政治家』(本書より)、そして”自国民は何があっても守る”という『優しき政治家』であった。世界における昨今の保守政治家に決して劣らない、今般の日本には非常に希有な真の政治家であられる。その熱誠ぶりついては、本書をご観覧されれば、遺憾なくそれが奔騰していることを読者は見出すであろう。彼は最後の一卒となっても”国民を疎かにはしない”、これをしかと確信するに至った。確固とした国家観、歴史観、教育観、かつ国民への温かな眼差しに裏打ちされた”安倍晋三”という代議士を改めて見直した。NationalあってこそInternationalたりうること、かつ二世あるいは三世だからこそ国家、国民の為に私心なく殉ずる気概を担うことが出来るのだ、ということをも改めて強く思念したのであった。“祖国の大地を爽やかに、しかし力強く駆け抜ける風”といったらよいだろうか、今般の政治家の方々の記したものにはこのような類がまれな中、本書を評してこう述べても決して過言ではあるまい。我々の祖国日本の将来への希望が、確かな手応えとともに大きく高まった読後のひと時であった。”へめぐりてあまたの国のさまを見て住むべき国は日本とぞ思ふ”(河上肇著『祖国を顧みて』岩波文庫)。この一句をもって、一教育者としての私のささやかなるレビューとする。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/84776/ 安倍首相、短期間に業績…米で高評価 配信元:09/16
08:00 産経新聞 【ワシントン=古森義久】日本の民主主義やナショナリズムの研究を専門とする米国ジョージタウン大学東アジア言語文化学部長のケビン・ドーク教授は14日の産経新聞とのインタビューで、安倍晋三首相の辞任表明に関連して、安倍氏が米国では日本の歴代首相のうちでも「明確なビジョン」を持った指導者としての認知度がきわめて高く、米国の対テロ闘争への堅固な協力誓約で知られていた、とする評価を述べた。 ドーク教授はまず安倍首相の約1年に及ぶ在任の総括として「安倍氏は比較的、短い在任期間に日本の他の多くの首相よりもずっと多くの業績を残したが、その点がほとんど評価されないのは公正を欠く」と述べ、その業績として(1)教育基本法の改正(2)改憲をにらんでの国民投票法成立(3)防衛庁の省への昇格-の3点をあげた。 同教授は米国の安倍氏への見方について「米国では安倍首相への認知が肯定、否定の両方を含めてきわめて高かった。たとえば、森喜朗氏、鈴木善幸氏ら日本の他の首相の多くとは比較にならないほど強い印象を米側に残した。慰安婦問題で当初、強く反発したこともその一因だが、日本の今後のあり方について明確なビジョンを示したダイナミックな指導者として歴史に残るだろう。安倍氏が米国の対国際テロ闘争に対し堅固な協力を誓約したことへの米国民の認識も高い」と語った。 ドーク教授は安倍氏の閣僚任命のミスなど管理責任の失態を指摘しながらも、「戦後生まれの初の首相として日本の国民主義と呼べる新しい戦後ナショナリズムを主唱して、国民主権の重要性を強調し、対外的には国際関与を深める道を選んだ。安倍氏が『美しい国へ』という著書で日本の長期の展望を明示したことは、今後消えない軌跡となるだろう」とも述べた。 同教授はさらに「逆説的ではあるが、安倍氏の辞任表明の時期や方法も、それ自体が業績となりうると思う。健康上の理由、政治上の理由、さらには唐突な辞任表明での責任の問題もあるだろう。だが安倍氏が国民投票法など本来、まずしたいと思ったことを達成し、さっと辞任するという動き自体が今後の政治指導者の模範例となりうる」と語った。 同教授はまた「現在の日本での安倍氏への評価は戦後の旧来の産業社会の文化や規範を基準としており、情報社会の文化基準を適用していないために、『戦後レジームからの脱却』などがあまりよく理解されず、支持されないのだろう」と説明した。 【プロフィル】ケビン・ドーク氏 1982年、米国クインシー大卒、シカゴ大で日本研究により修士号と博士号を取得、ウェークフォレスト大、イリノイ大での各助教授を経て、2002年にジョージタウン大に移り、東アジア言語文化学部の教授、学部長となる。日本での留学や研究は合計4回にわたり、京大、東大、立教大、甲南大、東海大などで学び、教えた。著書は「日本ロマン派と近代性の危機」「近代日本のナショナリズムの歴史」など。
世界共和国へ—資本=ネーション=国家を超えて 柄谷 行人著
岩波新書 ¥ 777
著者は、”世界共和国”と題する最終章においてこう述べている。『われわれに可能なのは、各国で軍事的主権を徐々に国際連合に譲渡するように働きかけ、それによって国際連合を強化・再編成するということです。たとえば、日本の憲法第九条における戦争放棄とは、軍事的主権を国際連合に譲渡するものです。各国でこのように主権の放棄がなされる以外に、諸国家を揚棄する方法はありません。各国における「下から」からの運動は、諸国家を「上から」から封じ込めることによってのみ、分断をまぬかれます。「下から」と「上から」の運動の連携によって、新たな交換様式にもとづくグローバル・コミュニケーション(アソシエーション)が徐々に実現され(る)』世界共和国の実現へと導かれる、と。一見なるほどと思わせられる帰結である。しかしながら、それを断行するには、国連とは別個の絶対的権力の存在が不可欠であると思われる。なぜならば現行の主権国家が、自ら既存の主権を手放すことは非現実的であるからである。では、その役割をいったいどのような公権力が担えるというのか?この当然提起されるべき疑問に対し、著者はこう続けるのである。『もちろん、その実現は容易ではないが、決して絶望的ではありません。少なくともその道筋ははっきりしているからです』。ところが、これをもって本論は完了され、”あとがき”へと至るのである。プロとしての著者の文章力、ならびに構成能力について私ごときが議論する余地はない。その一方で、しかしながら僭越とはいえ、“机上の空論”とはまさにこのようなことをいうのであろうかと、私は複雑な読後感に浸っている。今後への問題提起という点においては、本書は有意義かもしれない、が、これによって、無自覚、しかも自己責任を果たし得ない“無国籍”の日本人が更に醸成されるならば、私は一教員として、著者の責任は極めて重いと断じざるをえない。
DVD: 脚本・制作総指揮 石原慎太郎、監督 新城 卓
販売元:TOEI COMPANY, LTD. (TOE)
出演:徳重聡、窪塚洋介、筒井道隆/岸恵子
価格: ¥ 3,990 ¥ 2,993
大日本帝国、或は天皇陛下の為だけに、特攻隊の若鷲らが犬死にしたと考えている方々には、この映画を語る資格はありません。ハリウッド映画である“パールハーバー”を観て感激、アメリカを礼賛、解放軍とみなしたり、そこで日本軍の悪逆非道ぶりに憤慨した者は、戦後、より忠実にもとづいて作成された日米合作映画『TORA!
TORA! TORA!』を観覧することを勧めます。戦後、GHQ (Go Home Quickly)によって祖国への自虐史観にすっかり洗脳された方々には、衷心、改めて先の大戦について、あらゆる側面からの”史実”について今一度勉強していただきたいと思います。たとえば、ある花瓶がここにあります。上からみた形と横や斜めからみた姿がそれぞれ異なるように、歴史の真理もまた一つのみではなく、多面的なものなのです。更にいえば、それぞれの国あるいは民族で、特にその歴史観は全く異なるのです。先の大戦を、したがって、私は聖戦とも侵略戦争であったとも思っていません。すべての事象には原因があり、かつその結果があります。その原因は、その上流にあったはずの“原因”のまた結果でもあるのです。すなわち、大東亜戦争は“因果”をして戦うべくして戦わざるをえなかった自存・自衛の戦争であったのです。本作が真実の全てとはいいません。しかし、本作には本作にしかない真実が、それはそれであるのだということを、そしていかなる戦争であれ、祖国の為に散華・玉砕されたご英霊の方々や特攻“トメ”母さんの話を、左翼教条的に処断することこそ人間として許されざることなのです。また先の大戦について、自らあらゆる照査と努力をすることなく、漫然たる”空気”によって狂ったかの如く平和を連呼する輩こそ、「靖国で逢おう」と言って散っていかれた英霊の皆様への冒涜でありましょう。彼らは今なお靖国の社にて祖国日本を見守り続けておられるのですから。
仏教とヨーガ 保坂 俊司著
東京書籍 ¥ 1,680
『仏教とヨーガ』。摩訶不思議とも一見思える著名である。仏教とヒンドゥー教について、それぞれ別途独学していた私は興味を惹かれ、本書を取った。結論から述べる。私は読後、新たな智慧と大いなる歓喜に包まれたのである。本著はウパニシャドを端緒とするヨーガを第一に観覧していく。次にインドにおける仏教の祖釈尊とヨーガとの綿密な関係を述べ、仏教とヨーガが本来切っても切れない縁を持つ事を解き明かしていく。すなわち、ヒンドゥー系ヨーガの聖典である『ヨーガ・スートラ』を引用しつつ、釈尊の実践した瞑想法こそヨーガそのものに他ならなかったと説くのである。ヒンドゥー教系ヨーガには、ラージャ・ヨーガ、ジュニャーナ・ヨーガ、カルマ・ヨーガ、バクティ・ヨーガ、ハタ・ヨーガ、マントラ・ヨーガ、ラヤ・ヨーガ、ヴィヤーヤーマ・ヨーガ、インテグラル・ヨーガ、そしてクリア・ヨーガ(ババジが復活させたメソッド)などがある。続いてこれらヨーガと密教、禅、及び各大乗仏教との関連を記述後、日本仏教界の宗祖らとヨーガとの縁、すなわち空海とマントラ・ヨーガ、法然とバクティ・ヨーガ、道元とラージャ・ヨーガ、加えて、修禅者明恵の奉じた『華厳教』と『ヨーガ・スートラ』の類似点について、独自性かつ精緻な視点より議論が展開されていく。さらに日本の諸芸道、武士道、能等とヨーガの境地についての考察を経たのち、近代医学(日本の心療内科の祖、池見酉次郎医学博士)との関連性についてもこれを言及、現代では葬式仏教とも揶揄されがちな“仏教”そのものが、元来、梵我一如たる“ヒンドゥー教系ヨーガ“と極縁の間柄にあったことが明らかにされるのである。別途、キリスト教とヨーガについての著書も多数あることから、”真理“とは、一宗教のみではなく、諸宗教における共通部分に存するに違いない。この新しい境地を与えてくれた著書、それが『仏教とヨーガ』である。
安倍晋三閣下。
百年に一人でるや否やの、その保守本流たる、わが祖国日本の大宰相になられるべきであったその偉大なる魂の御人。
閣下は、本日2007年9月12日(水)14時、潔く総理を御辞任されました。
その胸中いかばかりか、、、その無念、苦悶、血涙のほど、心から、心から一大学講師は拝察申し上げます。
文字通り、矢尽き、刃折れ、全身火だるまになられた閣下。
それでもなお、あえて火中の栗をひろわんが故、祖国日本の為に汗と血を流し続けられた閣下。
ここに、誠に、誠に遺憾ながら”玉砕”されました。
怒髪天につく所以がいかなりしかと問わば、一大学講師は断固としてこう申し上げる。
“愚民たる、迷妄無知の日本人同胞”によって閣下は悶死された、と。
大東亜戦争の敗北がいかにわが同胞の心を蝕み、骨抜きにせしめたのかを、すなわち、心底愚民化、衆愚となりせしわが多くの同胞の愚かさを、いやがおうでも実感させられたこの季節。
無知たる日本人、迷妄たる日本人、そして祖国なき日本人こそが、百年に一度出るか否かの大宰相を滅したのである。
一大学講師は、これを先導せし薄淡いサヨク日本人の為した数えきれぬその悪行を決して忘れぬ。
安倍晋三閣下、われわれ真の日本人同胞は、あなたがなされてこられた業績を決して永遠に忘却することはありません。
祖国日本の真の独立をかかげ(憲法改正への正道)、真の国防に着手し(防衛省への昇格)、そして真に主張する外交(独立国家日本の道程)を、憤死されるその間際まで貫かれました。
自民党結党以来できえなかったことを、偉大かな、閣下は成し遂げられてこられたのです。
われわれは決してこの偉業を忘れることはできません。
いざ、われらが祖国日本の敵は外にあらず、すなわち内にあり。
内に跋扈し、敵に利する売国奴たるものは、安倍晋三閣下を悶死せしめたその罪によって、天はそれ相応の報いを必ずやその類いにもたらすであろう。
天道にそむくはこれ悪鬼のみ。
真の日本大丈夫たる者は、甚だ迷妄たる同胞の覚醒、啓蒙、そして感化へ、その道程いかに困難なりしも、至誠をもってしてこれをなしとげねばならぬ。
祖国日本の亡国への策動を阻止し、真の独立国家日本をわれらが子孫へ顕現せしむるべし!
安倍晋三閣下の遺志を受け継がん一大学講師は、奔騰せんとする赤誠とともに、わが決意ここに新たにす。
合掌。
一大学講師拝
*米国で評価高かった安倍首相「短期間に多くの業績残す」
ジョージタウン大学
東アジア言語文化学部長 ケビン・ドーク教授
http://www.sankei.co.jp/seiji/shusho/070916/shs070916000.htm
(一部引用)ドーク教授はまず安倍首相の約1年に及ぶ在任の総括として「安倍氏は比較的、短い在任期間に日本の他の多くの首相よりもずっと多くの業績を残したが、その点がほとんど評価されないのは公正を欠く」と述べ、その業績として(1)教育基本法の改正(2)改憲をにらんでの国民投票法成立(3)防衛庁の省への昇格−の3点をあげた。
@ ケイさんのブログ『短く斬れ』
平成18年8月15日、靖国の御社ならびに世田谷山観音寺に静かに存す特攻観音堂に参拝、祈念せしこの日に、わが一手記を同胞へ謹呈す。一大学講師拝
日本本土より、飛行機にして三時間余。小笠原諸島より南方に伸長すること幾海里、そこには旧大日本帝国陸軍ならびに海軍が、絶対国防圏として、米軍と死闘を繰り広げた幾多の島々がある。これらの諸島が同国防圏として大本営に規定された理由は、まさしく渡り舟のごとく、それらを北方へとたどり行けば、わが帝都へと敵戦力が自然と導かれるためである。
この島々は、個々の小さな諸島群を経て、北方よりサイパン、テニアン、そしてグアムと連なる。現在では、それらの島々は観光あるいはリゾート地として、日本人、ならびに米国人をはじめ、各民族の往来極めて盛んである。その一方で、当時の面影を残すものは、戦後六十年余の沈黙の歴史としての赤錆びた兵器の数々、建設物の残骸、ならびに祖国のために散華した両軍人将兵の墓石のみである。それらは今、あたかも往来する人々を静かに拒絶するかのように、ひっそりとたたずんでいるが、いまなお空を睨まんとする高射砲の猛々しい残骸をかいま見たとき、私はいまなおかの戦争には終止符がうたれていないのではないか、その痛切な思いを心中いだいたのである。
テニアンおよびグアムの間には、さらに二つの島々がある。アグイジャン島ならびにロタ島がそれである。アグイジャン島は、その戦略的悪条件のために、旧日本軍の兵力展開がなされることは敗戦直前までなかった。一方、ロタには、グアム、サイパンを繋ぐ要衝として、守備隊約三千人が、わずかな、かつ貧弱極まりない軽火器とともに配備されていた。不幸あるいは幸というべきなのであろうか、そのロタ島守備隊は、他の近傍の地獄と化した島々と異なり、米軍との直接対決の地とは成り得なかった。なぜならば、敵は、グアム攻略後、ロタへの展開を見合わせ、テニアンならびにサイパンへとその矛先を転じたためである。そのため、同島守備隊はほとんどの兵力を失わずに武力解除されるに至った。とはいえ、グアム、サイパン、ならびにテニアンを死守せんとする旧日本軍守備隊への米軍の猛攻を、ただただ傍観するのみであった同島守備隊将兵の胸中は、帝国軍人としていかなる思いであったのであろうか。その慚愧の念そして涙虚しく、近隣に展開した旧日本軍守備隊は悉く“玉砕”したのであった。その獅子奮闘ぶりについては、いまさら詳述するまでもない。
私は、物心ついたときより、先の大戦争である“太平洋戦争”は、大日本帝国が引きこした侵略戦争の最終局面であり、アジアに多大なる損害と悲しみをもたらしたのだという“常識”を、さして大きな疑問も抱かずに三十数年生きてきた。これは、私だけというよりも、戦後世代の面々には極めて当たり前のことであったにちがいない。とはいえ、心のどこかで、何か腑に落ちないものを同時に感じていたのだろう。なぜならば、大学への浪人生活において、ある意味、よく言えば人生の充電期間、別の言葉で述べるならばモラトリアムの時間において、市内の古書店を時間の許すかぎり観覧し、この方面の累々の書物の採取につとめる日々であったためである。とはいえ、当時の私の興味は、主に“政治思想”であり、全学連ならびに全共闘をはじめとした左翼ならびにサヨク的思考にはじまり、その過程において面前することにあいなった右翼・民族派の面々、すなわち頭山満翁を首領とした玄洋社、内田良平の黒竜会、そして中野正剛ら民権、国権の民族派、保守思想へとわが思想の翼が広大していった、というのが正直なところであった。そのような“必然”たる道程を経つつ、祖国日本の歴史、とくに欧米列強に無理矢理開国を強いられた19世紀後半以降のわが祖国日本の“営み”へとわが思念が及ぶにいたり、このようにわが思考は転じていったのだ。
“あの戦争は果たして、日本人の多くが一般的に信じているような侵略戦争であったのか?あるいは、そのように信じ込まされているだけなのではないのだろうか?”
私の、当時は漠然とした朧げなる、しかし強い疑念は、それより十五年もの時をへてその答えを得るところとなった。すなわち、アメリカでの数年にわたる生活によって、私は自らのそれに終止符をうつことができたからである。カリフォルニアの爛々と輝く太陽のもと、一切の雑務なく、ただただわが本務のみにひたすら邁進する傍らで、私は“日本人”としての自己同一性=national identityを強力に模索し続けていた。とくに開国前後よりの日本の近代史を、まるでむさぼるかのようにひもといていく過程において、異国の地、いや旧敵国の地であったことが幸いしたのであろう、現在においてもなお広く信じ込まされている米国=正義と民主主義の防人、日本=軍国主義ならびに帝国主義の権化、というような単純な勝者側の論理への疑いが私の中で悉く昇華され、遂に一路真理へと結晶化するにいたった当時の感激はいまでも覚えている。
一、戦争には悪い戦争も良い戦争もない。国際政治の一解決手段として只それがあるのみである。
一、勝者の価値観は当然のこと、現代人の価値観をもってして過去を処断してはならない。
一、歴史認識とは、当時に対する熱い“共感”以外の何物でもない。
ここに至ってこそ、欧米列強にレイプ同然に開国せられたわが日本への、悲しいとも形容すべき“孤軍奮闘”の痛ましい、しかし勇猛たらんとした姿を想起することができる。先人同胞が死闘した大東亜戦争とは、欧米列強に抗するわが民族の自衛戦争であった。しかし、かつその一方で、自存自衛とはいえ、支那や朝鮮、そして台湾などのアジアに帝国の権益をも求めた戦争であったのだ。しかし、誤解なきは、あえて断るまでもなく、それは当時の帝国主義間における”当然”のことでもあったこと、また朝鮮、満州、台湾に関する権益については、日清、日露戦争後に規定された正当なる国際法にもとづいて合法的に獲得したものであり、当時の各国はおろか、満州事変時のリットン調査団さえも、帝国のこれら特殊権益を認めるにいたっていることは、現代に生きるわれわれ日本人は知っておかなくてはならない。すなわち、無秩序たる大陸および半島については、大日本帝国の統治に委任するのが妥当であるとの断を、当時の欧米列強の帝国主義各国はくだしたのであった。現代の価値観で、当時を裁いてならんとする所以はここにもまた存するのである。
大日本帝国の統治過程では、もちろん過酷な統治、あるいは傀儡政権のもと、地元の民への“大東亜共栄圏”の押しつけなどが、地域差はあったにせよ、現存したことは事実である。しかしながら、欧米のそれとの決定的違いは、欧米列強がただただ植民地より収奪するだけであったのに対し、日本は教育、医療、衛生、国家資本(国内資本がそのため赤字となったのである)と、大いなる“秩序”を現地にもたらしたということも、その両輪としてしっておかなくてはなるまい。なぜ故かと問わば、日本民族によってはじめて西洋の近代化の波が現地にもたらされたのであり、それ以前のアジアは欧米列強の被収奪地、および現地蛮族の跋扈する土地、すなわち“無秩序”なる不毛の地であったがゆえである。
それを支持するように、大日本帝国によって“啓蒙”、かつ“近代化”された現地アジアの人々は、帝国の敗戦後、もはやこれまで甘んじてきたような欧米列強の“奴隷”では決して足りえなかった。現地に“大東亜解放そして共栄”を信じて残った旧日本軍兵士とともに、再び舞い戻ってきた欧米列強を果敢に追い返し、独立を勝ち取っていったのである。これについては、東南アジア諸国の当時の首脳の自伝や手記をひもとけば、そこに我々は日本民族の大いなる足跡を見いだすことができる。したがって、先の戦争が欧米列強同様アジアへの帝国間戦争であるといういい分にはそれなりの理はまたあるにせよ、欧米列強、とくに米国の重圧(西進)、満州の日本権益の支那からの反日・侮日的圧迫、そしてロシアおよび中国より台頭してきていた共産主義の脅威よりの祖国防衛という視点への、当時わが祖国がおかれた国際情勢への思考なくば、歴史を公正に認識することは不可能であることはここにいうまでもない。そして、これこそが“歴史への共感”なのである。
ところが、笑止千万なことに、“自虐史観”を非難し、戦後民主主義を盲目的に礼賛し、大東亜戦争を太平洋戦争と呼び(なぜ米国より押し付けられた名称で呼ぶ必要があろう?われわれの祖先は、これを大東亜戦争と当時声高らかに歌い上げたというのに、、、)、侵略戦争、そして戦争責任総括と声高々に叫ぶものどもの頭蓋の中には、いまなおただただ目のつり上がった、野蛮かつ滑稽な日本の姿があるだけである。そこには他の列強諸国、すなわち米国、英国、オランダの姿なく、支那大陸の無秩序暗黒たる姿なく(先の在中日本大使館への無碍なる暴動に観られるように、反近代的気質は一貫して同じである)、朝鮮の奴婢的土壌、非近代的事大主義についての詳述も皆無であり、しかし、ただあるのは孤軍狂乱、一方的に暴れまくっているかのごとくの大日本帝国の姿あるのみである。しかし、これは科学的思考を常とする人間の帰結点としては、本当に妥当たると言えるのであろうか?釈尊は、すべての事象は複雑にからみあっており、なにひとつ単独で存するものはない、と喝破された。歴史への公正なる視点、そしてそれへの共感を、いかにして我が身のこととして思念すればよいのか。釈尊が見いだされた因果律の法をもってこれを熟慮するとき、そこにこそ正しい真実の光を我々は拝覧することができうるであろう。
大東亜戦争当時、ロタ島、そしてサイパン、テニアンなど、近隣の北マリアナ諸島において、最初にして最後の経済的繁栄をもたらしたわが祖国居住民の奮闘を想起させる数々の建物や機関車の遺跡、そして現地住民チャモロ人と日本人とによって協同して建立された平和の碑、これらが物語ることは、決してわが日本はかつての統治領において、ただ収奪のみを行ってきただけではなかった、という厳然たる事実である。悠久に時間が止まったかのような島のたたずまい、そして汚れなき群青の太平洋に沈む深紅の夕日。わが先人たる英霊たちが静かに眠るこの島や海海を眺めながら、現在の日本にはびこる倒錯した歴史観に対する怒りと新たな闘いへの決意が、わが心中に確固、そして奔騰するに至った南洋での有意義な一時。すべての日本人がたとえ本事を忘却し、私がただ一人これを主張するなきにいたっても、永遠の眠りが私を導いたのちさえもまた、決してこの歴史の真実を決して失念すまい。そう心に固く誓った私と妻の面前には、豊穣なる旭日がいままさに没しようとしていた。
人里はなれたここロタ島守備隊の将兵の墓に、わが胸襟にありし日章旗を奉納、帰国せしその日に記す。
一大学講師拝
● 東亜日報、「日本統治時代、韓国は近代化」 多角的に見直す論評
***************<追記>***************
硫黄島の死闘より帰還せし米国兵の多くの方々が”史実に公正あった”と讃える、クリント・イーストウッド監督の硫黄島二部作“父親たちの星条旗”、“硫黄等からの手紙”。
それにあたって同監督はこのようにのべている。
『若い日本兵たちは島へ送られたとき、十中八九、生きては戻れないことを知っていました。彼らの生き様は歴史の中で描かれ、語られるにふさわしいものがあります。』
『私が観て育った戦争映画の多くは、どちらかが正義で、どちらかが悪だと描いてきました。しかし、人生も戦争もそういうものではないのです。』
そしてこう結ぶのである。
『日米双方の側の物語を伝える二本の映画を通して、両国が共有うる、あの深く心に刻まれた時代を、新たな視点で見ることができれば幸いです。』
靖国の社に護国の命(みこと)と聖化し、現在そして将来の日本の行く末を見守るご英霊の方々は、戦後六十二年を経過した今日、大東亜戦争をめぐるその評価の軸が、再び中道公正へと回帰せんことを心より願っておられることであろう。
“時が熱狂と偏見をやわらげたあかつきには、また理性が虚偽からその仮面を剥ぎ取ったあかつきには、そのときこそ、正義の女神はその秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くに、そのところを変えることを要求するであろう。”
ラダ・ビノード・パール(極東国際軍事裁判におけるインド代表判事。日本だけを断罪することは公正たる裁判においての暴虐であるがゆえ、日本をNot Guiltyとした唯一の判事。他判事は全員日本をGuiltyとしたがゆえに、同判事の真理への至誠がここに観覧できる)
DVD:森本クリスティーナ、森田健作、小川真弓、ほか
販売元:ギャガ・コミュニケーションズ
価格: ¥ 4,935
二〇〇六年の八月十五日のことである。靖国神社を夫婦で参拝ののち、現在の日本には何かがかけている、、、との思いを胸に新宿へ出向いた。そこで本映画“I am 日本人”を鑑賞したのである。最初は、失礼だが、正直いって大きな期待はしていなかった。ところが、ここには、私達がずっと引きずってきた“その答え”がいみじくも描かれていたのだった、、、そして感動の嵐とそののちの余韻、、、。たった三年間の米国生活ではあったものの、その中で“漠然とだが、しかし確実に頭をもたげてきた祖国に対する違和感”が、滞米の時そのままに強烈な“現実感”をもって思い出されたのである。本作全編にわたって、まさしく熱く語られていたストーリーとともに映画館をあとに、拙宅への帰途についた。その間われわれ夫婦は小田急ロマンスカーの中、ビールを片手に至福の時を過ごしたのだった。本当に満足した、そう、大きな、大きな幸福感に包まれたのだった。と同時に、この素晴らしい日本というかけがえのない祖国のために、微々であろうがそうでなかろうが、何らかの貢献したいとの想いを強く、かつ新たにした瞬間であった。これを製作された森田健作さん、主人公で奔騰されたクリスティーナさん、そして出演者の方には心より賛辞を送りたい。清々しい、本当に素晴らしい映画であった。名作として、将来、今は決してそうとは考えられてはいないとしても、本作はその名を日本映画の歴史に必ず刻むに違いない。全国の著明映画館、いやミニシアター系、いや小学校の教育鑑賞会などで、ぜひ再度ロードショーしてほしいですね。いや、それではとても待ちきれない。このDVDをさっそく購入するとしよう(笑)。到着が楽しみでならない。
非武装中立論 石橋 政嗣著
¥ 1,890(明石書店; 復刊版 (2006/09)
本著はユートピアン・敗北主義者による復古書である。1980年当時の戦後自虐史観一色の、してサヨク(否左翼)跋扈する当時局を鑑みるに、原著自体の発刊については今更毛頭全く否定するつもりはない。だが、現行の混沌たる世界情勢の中、中国をバックに北朝鮮が核をして米国を翻弄、中東ではイラクが核無保有であったが故に殲滅、テロリスト蔓延る不毛の土地と成り果てたこの時世に“だからこそ再刊行の意義がある”と説く著・編者の思考はもはや一般の人々の理解の域を遥かに超えている。原著より「第一に、凶器をもって押し入ってくるのは、空巣やコソ泥ではなく、強盗だということです。強盗は、鍵がかかっておろうとおるまいと、錠前などは打ちこわして侵入してくるのであります。強盗に押し入られたとき、私たちは“抵抗せよ”と教えたり、教えられたりしているでしょうか」故に非武装中立となるのだが、今まさに世界最強国がこれを平然とやってのけているのを見るにつけ何をか言わんやである。なのに「私は、こういう人たち(注:国防の重要性を説く者)には誤解を恐れず、思い切って“降伏した方がよい場合だってあるのではないか”ということにしています」なのだそうだ。ここには自主独立の気概すらなく、ただひたすら醜い負け犬根性が露呈されてやまず、反米これ著しく、旧ソ連、中国、北朝鮮への信頼は篤い。ここで想起されたい。北朝鮮を友邦とする余り、拉致事件を先方へ愚かにも照会したが為に、一部拉致同胞に待っていたのは証拠隠滅としての死、また彼らが政権与党にあった、阪神・淡路大震災起こりし季節、合憲である自衛隊の初動派遣を怠たり、結果数千名の尊い命を奪いやりし償いはいずこなりや?自国民を最後の一人まで守るのは、美辞麗句の薄淡いサヨクの輩か、あるいは保守本流の旗を掲げる者達か?よくぞこの混沌たる時世にあって再刊して頂いた!その意義をもって星五つとする。
『俺は、君のためにこそ死ににいく』石原慎太郎製作総指揮、を観覧しました。かれらの物語が美化されている面はもちろんありましょう。しかし、一大学講師には、かれらの気持ちは至極納得できました。そして、映画館を出るさいには、勧賞中の感動のあまりの嗚咽と熱涙のため、わが顔表は完全に充血をともなっていたのです。わが心は大いに揺さぶられた。特攻に殉じられた、十より二十代の若鷲達の神々しき御真姿、彼らの護国そして愛する者への至情、至誠、熱誠、そして熱魂に。
『今日、私が死を目前にして、平安な心境でいるのは、春夏秋冬の四季の循環ということを考えたからである。つまり、農事を見ると、春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈りとり、冬にそれを貯蔵する。秋・冬になると農民たちはその年の労働による収穫を喜び、酒をつくり、甘酒をつくって、村々に歓声が満ちあふれるのだ。この収穫期を迎えて、その年の労働が終わったのを悲しむ者がいるということを聞いたことがない。私は三十歳で終わろうとしている。いまだ一つも成し遂げることがなく、このまま死ぬのは、これまでの働きによって育てた穀物が花を咲かせず、実をつけなかったことに似ているから惜しむべきかもしれない。だが、私自身について考えれば、やはり花咲き実りを迎えたときなのである。なぜなら、人の寿命には定まりがない。農事が必ず四季をめぐっていとなまれるようなものではないのだ。しかしながら、人間にもそれにふさわしい春夏秋冬があるといえるだろう。十歳にして死ぬ者には、その十歳の中におのずから四季がある。二十歳にはおのずから二十歳の四季が三十歳にはおのずから三十歳の四季が、五十、百歳にもおのずからの四季がある。十歳をもって短いというのは、夏蝉を長生の霊木にしようと願うことだ。百歳をもって長いというのは、霊椿を蝉にしようとするようなことで、いずれも天寿に達することにはならない。私は三十歳、四季はすでに備わっており、花を咲かせ、実をつけているはずである。それが単なるモミガラなのか、成熟した栗の実であるのかは私の知るところではない。もし同志諸君の中に、私のささやかな真心を憐み、それを受け継いでやろうという人がいるなら、それはまかれた種子が絶えずに、穀物が年々実っていくのと同じで、収穫のあった年に恥じないことになろう。同志よ、このことをよく考えてほしい』
関連記事:
http://www.history.gr.jp/~koa_kan_non/
[●]『嗚呼大東亜戦争』鄭 春河著(旧姓名:上杉重雄 元大日本帝国陸軍歩兵第二連隊): http://www.senyu-ren.jp/AA/AA.shtml
[●] 産経 2007/06/15 07:04【ワシントン=山本秀也】(日本会議よりの引用を一部改変)
いわゆる慰安婦問題をめぐる対日非難決議案が米下院に提出されている問題で、米紙ワシントン・ポストは14日、慰安婦の処遇や旧日本軍の組織関与を論証する日本側識者の意見広告を掲載した(http://nishimura-voice.up.seesaa.net/image/thefact_070614.jpg)。一連の慰安婦問題では、決議案の採択を求める在米韓国系団体の意見広告が同紙などに掲載されてきたが、米主要紙の意見広告を通じた日本からの反論はこれが初めてだ。
「事実」と題した意見広告は、ジャーナリストの櫻井よしこ氏、政治評論家の屋山太郎氏らによるもので、1ページを使って慰安婦問題に関する事実関係を論証。同じくワシントン・ポスト紙(4月26日付)に掲載された「慰安婦の真実」と題する韓国系団体の意見広告を「事実にもとづくものではなく、信仰の所産と呼ぶべきだ」と批判し、事実を示して米世論の理解を促している。
具体的には、(1)慰安婦の募集をめぐる「狭義の強制性」の否定(2)不当な募集を行った業者の処罰(3)インドネシアでオランダ人女性を強制的に慰安婦とした事件の処罰(4)元慰安婦らの証言に対する疑問(5)慰安婦の待遇−の5点を「事実」として挙げた。
そのうえで、意見広告は慰安婦となった女性の境遇には心情的な配慮を示しつつ、「客観的に認知された事実によってのみ、正しい歴史認識が共有されるよう求める」と結んでいる。
同広告には賛同人として自民党29人、民主党13人、無所属2人の国会議員が名前を連ねている。
