月と六ペンス モーム著 行方 昭夫訳
岩波文庫 ¥798
『月と六ペンス』の刊行に魁けること6年、モームは38歳にして『人間の絆』の執筆に取り掛かっている。3年後の41歳の時分、後者が前者に先立って世に出ている事実は、結果論からすると、人生の妙とはまさにこのことであろう。なぜならば“モームの最高傑作”とされる『人間の絆』の出版当時の評価は決して高くはなく、モーム44歳、『月と六ペンス』の刊行後に、初めて彼は作家としての名声を不動にしたからである。モームは『人間の絆』出版の翌年(42歳)、『月と六ペンス』の執筆の為に早速タヒチ島に赴いている。これは後世に永遠の名著となった『人間の絆』の延長線上に、本著『月と六ペンス』があった事実を如実に物語っている。“人生には意味はない。故に「人生」という名の異なる意匠のペルシャ絨毯を、個々人が各々に作り上げていけばよいのだ”という『人間の絆』の強いメッセージが、『月と六ペンス』ではゴーギャンをモデルに、彼自身が独特に練り上げたストリックランドという人物の生き様を通して改めて主張されている。かつての私小説的な精神的吐露が、より親しみやすい“文学”としてここに結晶化したのである。普通のサラリーマンであった“はず”のストリックランド。しかし40歳での“目覚め”を経たのち、彼は仕事を辞め、家族をすて、かつての志であった画家としてタヒチで魂の日々を過ごす。その地で“壮絶に”朽ち果てるものの、彼にとってみれば、自己に回帰し、自身に忠実に生きた、すこぶる有意義な生涯であったのだ。「月」は夢や理想、「六ペンス」とは現実のことを意味するという。本著者のモーム自身は「月」ではなく、91年間の生涯を「六ペンス」として生きることを選択した。これもまた彼自身による“ペルシャ絨毯”なのだ。両書を合わせ読む。すると、自己にもっと忠実に生きて『サミング・アップ』したかったのかもしれない彼との会話を、より一層楽しめることだろう。
歴史を真摯に見つめ、当時に共感できるかどうか、これが動物とは違う理性を有する人間にもとめられる態度であり、国々で異なるその歴史観を理解することこそが、世界平和への土壌を醸成するのです。これは、桜井よしこさんが、厚木にこられた際、ご講演でおっしゃっていた本旨の一部です。
科学もそうですが、”真理”はあらゆる方向、あるいは個々によって、異なるものです。歴史だってそうです。科学が人間に貢献してきた、あるいは現行もこれによって、医学や様々な分野での進歩があるように、これは過去に生きた先人の方々の血と汗と努力の蓄積の賜物なのです。その道程には、もちろん誤りもあり(これを、あるいは当時は仮説ともいう)、真実もあった、しかしそれが共存しあうことにより、科学は発展してきたのでした。
一方、歴史もまた同じこと、すなわち、そこにな冷静な目で俯瞰すべき”事実”があるのみであり、それへの解釈や歴史観には、沢山の考え方があります。しかし、いずれもが、科学で言う仮説や真理のように、いかなる議論もしかり、その切磋琢磨の上に、真実がみえてくるのです。
日本には、みなさんもご承知のように、自民党という政権を担う責任を有する与党と、それ以外に野党というものがあります。しかし、みなさんは、自民党がもともと自主独立の祖国をめざした綱領をもった”改憲”を結党当時からうたっていたこと、また、現在の野党、あるいはその前身である、いわゆる現在護憲政党といわれる方々が、大東亜戦争敗戦後は、現在とまったく異なった言葉をいっていた事実をご存知のかたはどれほどおられますでしょう?また、A級戦犯といわれる方々が、当時の社会党の女性議員の発議により、その犯をとかれ、戦争受難者として遺族恩給などの措置へそれこそ尽力されたこと、そして当時の国会議員総員の賛同により、その時点で”A級戦犯”などは法的に日本にはいなくなったのでした。いまマスコミで、A級という言葉がそれこそたくさんでてまいります。しかし、これがいかに滑稽なことか、懸命な歴史を概観されておられる本読者のみなさんには、この無責任さと誤謬が、本当によくご理解していただけるものと思います。
歴史をしること、これは日本をしることであり、また日本人を知ることへと、自然につながってまいります。巷間にいわれていることは真実か、いやそうではないのか?それを喝破うるかどうかは私達自身なのです。
http://www.tachiagare-nippon.org/800ji/800-070.html
最後にふたたび桜井さんのご趣旨をそえつつ。
『歴史を真摯に見つめ、当時に共感できるかどうか、これが動物とは違う理性を有する人間にもとめられる態度であり、国々で異なるその歴史観を理解することこそが、世界平和への土壌を醸成するのです』
【コラム・断 富岡幸一郎】中野重治が見た憲法発布
http://www.sankei.co.jp/culture/bunka/070508/bnk070508002.htm
ちょうど二ヶ月前、新潮文庫版のルソー著『孤独な散歩者の夢想』(福島瑞穂訳)を拝読した。今回、岩波文庫版の同名著を購入、たった二ヶ月前とはいえ、当時とは異なる所感を果たして所有しうるのか、或は否か、これについての思念を”大きな期待はせずに”、これを試みることにした。ところが果たして、私はまた別の側面よりの真理を、この同名異著より獲得しえたのであった。前半や後半部分の一部は、福島訳同著よりの一大学講師書評そのママを掲載させていただくが、”受容体”についての喝破をここに記してみたい。
孤独な散歩者の夢想 ルソー著、今野一雄訳
岩波文庫 ¥ 588
ルソーを晩年狂人であった、とする者は多い。ジイドは良き彼の理解者であったものの、ヒューム等の諸友を失い、また、ボルテールをして“狂犬病にかかったデイオゼネスの犬”といわせしめた。ビュリンチエールは“告白録、対話録、夢想これらは狂人の書”と、ピエール・ラセールにあっては“彼を理解する頭をもちあわせてはいない”と述べたという。一方、ゲーテは言った、“君自身に戻りたまえ。そうすれば君はそこに、高貴な精神の持ち主なら、その存在を疑い得ない中心点を見いだすだろう” (同名著:福島瑞穂訳より)。私が最初に本書を手に取ったのは、研究者への一歩を踏み出しはじめた三十歳前であった。その時分は、同著に“一見”観覧さる彼の異様な自己執着に嫌悪を催し、中途で投げ出した記憶がある。私も当初、彼を“狂人”とみなしたのだ。それより十年ほどが経過し、本年四十歳を迎えた私は、本著に“何か置き忘れたもの”を直覚したのであろう、今一度同著を紐解いてみたのである。結果、私は“かつて置き忘れたもの”、すなわち、古今東西の哲人・賢人が喝破してきた“真理”への道程を、私はそこに読み取ることができたのであった。私はルソーが述べようとした“本質”を、三十前後の未熟な感性では読み取ることができなかった不明を恥じつつも、一方では、不惑にしてそれを拝受できる受容体が自身に発現していた喜びに大いに感じいったのであった。考えてもみよ。エミールなどの不滅の名著を記した偉者が、いわゆる巷間でいう“狂人”であろうはずがないではないか。ルソーは人間を真に愛するがゆえに、“俗人”が蔓延る俗世を離れ、孤独に回帰、そして自己沈潜したのである。これは釈尊、トルストイやヘッセにも通じる真理への道筋なのであり、エマソンを経たのち、そしてソローへと継承されるのである。この魂の書を後世に遺したジャン・ジャックという人間が心から好きになった。
本日2007年5月3日は、”現行”日本国憲法、施行60周年目にあたります。皆様は、この日をいかがな気持ちで、あるいは御思念やご所感で御過ごしでしょう?
現行憲法についての議論は、左右、あるいは保守革新ともに、さまざまな言い分があります。戦後60余年、祖国日本の基盤には現行憲法があり、自由、民主、そして女性解放など、自由主義国家陣営としての一員として、本憲法が大きく貢献したことはいまさらここで言及するまでもありません。
しかし、一方で、時代に即さないとの議論があることもまた事実。さらに、60余年もの間、いまなお、哀しいかな、誤謬されているストーリー、すなわち”悪の枢軸大日本帝国を、米国が解放した”という神話(佐藤優著:日米開戦の真実 大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く)が、戦後、占領軍の巧妙なプロパガンダと洗脳とともに、日本人における歴史観、とくに先の大戦に対する真の覚醒を抑止してきたという側面も、また真理の一面でもあるのです。
私の恩師の師、お亡くなりになられましたが、この方は、サイエンスについて、以下のようにおっしゃられました。この先生の遺されたお言葉は、事後の私の大学人としての生き様と人生に大きな影響を与えつづけています。
『細長い円柱の花瓶がここにある。これを上から観れば、穴のあいた花瓶にみえる。下からみれば、今度は穴のないものとなる。さらに、横からみれば長方形、斜めからみれば、別の形容をもった花瓶となる。しかしね、いずれも同じ花瓶なんだね。サイエンスもこれと同じです。みな、色々な面から、真理を探求すればいいんです。』
この言葉があてはまるのは、果たして”花瓶や科学”だけなのでしょうか?文化や民族の考え方はいかがでしょう?そして、歴史はどうでしょうか?
中国や韓国から見た歴史、米国からみた歴史、モンゴル、タイ、ロシア、北欧諸国、EU、アフリカ諸国、世界中それぞれの国からみれば、花瓶同様、一つの事象であっても、また別の歴史観になるにちがいありません。これはまた、言うまでもなく、私たちの祖国、日本の歴史だってそうであると思います。
占領下の米国主導で、GHQ担当部局によって一週間ほどで作成されたものを雛形として、誕生せざるをえなかった、哀しい歴史をもつ現行日本国憲法(下記、関連記事(5)に掲げる前文は、同(3)の日本人によるものと比すると、明らかに日本語らしくなく、翻訳らしい文章が多くの部分に読めるようです)。その歴史は、気がついてみると、1947年の施行からもう既に60年も経過してしまいました。時代は半世紀以上も経過したというのに、ところが、大日本帝国憲法の継続という歴史的、学術的事実のもと、一言の文言すら当時のママなのです。何か奇妙な気持ちにとらわれるのは、わたくし一大学講師だけなのでしょうか?
たとえば、1歳のときの服を、60歳になった方が、同じように服することができるでしょうか?同様に、1歳のときの住処(ゆりかご、あるいは母の胸、でしょうか)と、高齢となりし60歳のときの住居がおなじであるなどという事がありうるでしょうか?着心地や、住み心地が、60年も経過すると必ずかわっているので、経年にそったものを選択したほうが、きっとより良い生活ができると、一大学講師はそう考えるのですが、皆さんはそうは想われませんか?
今年2007年をむかえ、わが現行日本国憲法は、齢もう60をむかえます。このままでいいのか、果たして、日本人自身のみの力で再度新しいものを作り替えることがよいのか、この大事を今こそ共に真剣に考えるという事こそは、日本国民全員、もちろん科学の真理を追究してやまない徒もふくめて、当然であり、ある方面の方々がそれほどまでに大げさに”護憲、護憲、護憲”と、叫びわめくことではないようにおもえる今日この頃。ほとんどの良識ある方はそうであるにちがいありません。
最後に、さる高名な歴史家の方の一節を紹介いたしましょう。
”歴史の正当なる解釈には少なくとも60年はまたねばならない”
とすれば、先の大戦をふくめ、戦後を良い意味でも悪しき意味でも、現実として私たちの祖国を彩り形作ってきた、現行の日本国憲法、これを今一度、熟考してみるには、たいへん適切な季節なのかもしれません。安倍さんの掲げる戦後体制(レジーム)の打破は、精神的な低迷と頽廃、そして亡国への道をひた走っている、現在のわが祖国には必須不可欠であるということなのでしょう。
http://www.geocities.jp/ncr9jo/image/051122_a.pdf
(4)関連記事:日本共産党中央委員会Onlne Web
憲法集会での志位委員長のスピーチ/2007年5月3日 日比谷公会堂(東京)
http://www.jcp.or.jp/movie/news_mov/20070503/index.html
(5)関連記事:法庫 houko.com
日本国憲法(1946年11月3日公布、1947年5月3日施行)
http://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM
●日本国憲法前文●
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
三略 真鍋 呉夫訳
中公文庫 ¥ 760
“夫れ主将の法は、努めて英雄の心を攬り(とり)、有効を賞録し、志を衆に通ず”かの北条早雲が、講学者より『三略』進講の際、果たして兵法の極意を知るに至ったといわれるのが、本著最初頭にある本一節である。『三略』は其の名の通り三部よりなる:「上略」「中略」、そして「下略」がそれである。うち「上略」は、立派な人物を招くには手厚い礼遇と恩賞が必要であること、多数ある家臣より奸臣を見抜きこれを迅速に排除すること、部下の賞罰の際には極力厳正確実でなければならぬこと、「中略」では、王者や覇者の得行、ならびに大事成就のためには臨機応変の戦略が重要であること、して最後の「下略」では、天下泰平の為には道徳・道義これが必須不可欠であり、自身をも含め現況をいかに厳格に見定め、かつ賢者をして統治にあたる事の重要性、が詳しく敷衍、力説されている(本著七十三頁よりママ或は改変)。『孫子』が実心備えた軍学書とすれば、『三略』は王者たる“道”に力点をおいた人心掌握の兵学書といえ、その真偽は問わずとも、本著が“武経七書”の一書とされてきたのは当然のことであろう。小生が最も好む言句は「下略」にある以下の一節に見える(本著八十八頁の四)。“道・徳・仁・義・礼、五つのものは一体なり。道は人の踏む所なり。徳は人の得る所なり。仁は人の親しむ所なり。義は人の宜しき所なり。礼は人の体する所なり。一も無かるべからず”すなわち、“人の上に立つ者は、何よりも道・徳・仁・義・礼の五つの徳目を身につけて、自分を正すことが大切なのである”。これは言うべくもなし、昨今問わず国家論、及び組織論の真髄かつ原理である。為政者あるいは長たる者が、これをして統御すれば、自ずと堅固・強壮となり、治安よく、かつ道義相照らすものとなりえよう。人率の者は、『孫子』と共に、『三略』を座右の書となし、衆生は本著をして現代の“王者”に仕えてほしいものである。