大東亜戦争後、日本にあっては自虐史観跋扈する中、自ら堂々と自国の意思を表明すること、甚だ希薄であった。戦前、国際連盟の創立を主張しながら、参加すらできえなかった米国の二枚舌に翻弄されたわが祖国。その国際連盟の”信義を信頼し”、設立後の本連盟にて、堂々たる人種差別撤廃の発議を行ったわが祖国。遺憾ながら、アングロサクソン主導の帝国主義の中、圧倒的多数で否決、国際政治力学を肌で強烈に痛感したわが祖国。それはやがて、歴史の必然としての満州事変、支那事変、そして大東亜戦争への道へと至るのである。
現行にいたるまで、世界史とは欧米の”それ”を指すのである。そこには、亜細亜、アフリカ、南米など、いわゆる白人以外の諸国の姿はない。遺憾甚だしきとはこのことである。大東亜戦争は、欧米列強の自国のみの利益を目指す植民地ブロック経済と、ロシア、シナよりの共産主義南下の脅威なくしては、その真姿は顕現されえない。すなわち、わが祖国日本は、マッカーサーが米国で朝鮮戦争後言及したように、そのような修羅の国際政治力学の中、自存・自衛の戦争へ突入していかざるをえなかったのである。
そのような国際状況の中、かつて、昭和天皇陛下は明治大帝のお歌をふたたび詠まれた。
『四方の海 みなはらからとおもふ世に など波風のたちさわぐらん』
陛下は、平和を希うも、一方で、帝国主義には力でしか立ち向かえないことにもまた、理解をしめされたご聡明さを持ち合わされていた。
精神力と悠久なる大義にまさるとはいえ、彼我、戦力、資源の差歴然、大東亜戦争で徹底的な殲滅の憂き目にあい、日本臣民は辛酸をなめつくした。しかし、この戦争の結果、白人の支配していた有色人種の被支配地域は”解放”された。日露戦争がロシアの被支配国に光をもたらしたように、大東亜戦争もまた白人一色支配に終止符をうつ序曲となったのである。
平和は尊い、しかし、”平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意し(日本国憲法前文より)”ていたはずの、欧米列強による利権跋扈する帝国主義の巨大な力の前にひれ伏し、多くの日本人が”二度とアメリカに歯向かわないように”牙を抜かれて60余年経過したこともまた真実なのだ。それは、一方で、力によって列強に開国させられた祖国日本の最終的な帰結でもあったともいえよう。日米修好条約による力による押しつけを、日米友好記念とし祝賀会などを開催する輩は、間違いなく米国を解放軍と叫んだ、欧米の世界史しか眼中にない、真理へもっとも遠いところに存する人々にちがいない。
以上を俯瞰、これを鑑みるに、国際連盟からの脱退、これは当時の日本としては、帝国主義の波頭の前には、選択の余地なきことなのであった。当該の脱退行動を実行した松岡外相は沈痛の面持ちで帰国したものの、国内の熱狂歓迎ぶりに、逆に当惑したという。日本臣民はこれを支持したのだった。すなわち、欧米列強、帝国主義への隠忍自従ももはやこれまで、と考えたのである。
繰り返す、わが祖国は、自存・自衛のため、新秩序を自ら確立しなければならなかった。これが大東亜戦争の本質であり、戦後日本を跋扈して来た”(日本は)もう二度と過ちは繰り返しません”という自虐的決意ではなく、過度の国際協調路線=欧米列強の論理が支配する、現行にいたるまでの世界秩序への堂々たる自主独立たる”決意”こそが、これからの祖国日本の正道なのである。そして、これこそが散華された靖国にご永眠されるご英霊の方々への顕彰かつ、祖国愛に貫かれた、日の本を連綿と形作ってこられた日本民族先人たちへの深い感謝の意となるのである。
話を現在に戻そう。2007年5月31日、IWC:International Whaling Commission、邦名国際捕鯨委員会総会が閉幕した。反捕鯨国はもちろん、各種団体の狂乱ぶりにより、捕鯨は”悪の行為”であると非難されつづけて久しい。鯨はほ乳類である。我々とおなじである。確かに乱獲甚だしきことが過去にあった。しかし、乱獲の当事者はこともあろうに当初は米国をふくむ白人国家であり、彼らの常食が牛へとシフトしていくにつれ、捕鯨が不必要になったという経緯をしかと私達は知っていなければならない。一方、日本や北欧諸国にはこのような”シフト”は不可能であった。なぜならば、四方海にかこまれた海洋国家だからである。しかも、科学的には、生物界の連鎖は、いわゆるホメオスタシス=恒常性は自由競争によって保持されていることをもまた、一大学講師はここに強くのべたい。すなわち、鯨は本当に絶滅しつつあるのか、そうであるからといってあまりに過剰なる保護は、かえって海洋における生態系を破壊にむかわせしめているのではないのか、ということである。現に、イワシの漁獲量は毎年減少しているではないか。いうまでもかく、イワシは鯨の格好の食物である。
IWCは反捕鯨国の巣窟になって久しいが、その国々はいわゆる”鯨を食す習慣のない”国々である。そしてその後押しをしているのが環境保持の名分にたって声荒々しく叫ぶ人々である。なるほど、しかし、このような非理性的狂乱ぶりを発揮する前に、すこしばかり冷静に考えみようではないか。国際牛委員会というものがあると仮定する。そこで、牛を食べるのは、同じほ乳類として極悪であり、捕牛国の主張が悉くしりぞけられたとしよう。さすれば、牛を常食にしている国々はいったいどういう態度を示し、行動にでるのであろうか?これまで、久しくIWCで行われてきた、鯨を食する習慣なき国々による”非常識な蛮行”と一方の捕鯨国の切なる主張の平行線、これはまったくもって、上述の牛の論理と完全に同一であることを、真理を追求してやまない人々は喝破しなければならない。
限りない無作法なる乱獲は悪である。しかし、他人の痛みや窮状を考えることのない反捕鯨もまた、軌を一にして悪なのである。それは、一方、平和、護憲という念仏とともに、戦後を自虐史観でつっぱしってきた、祖国日本に蔓延る憂うべき輩どもの主張とも一致する。それは当然である。なぜならば、双方の人々は、互いに多いに重なり合った人々であるからだ。そこには祖国への怨念はあるが、祖国への崇敬はない。
最後に、SankeiEXPRESS(2007年6月2日)一面にある記事の一部ここに記す。
「(下記にある日本政府代表団の決然とした発現に)日本小型捕鯨協会会長の磯根嵓(いわお)会長は会場から飛び出し、泣き崩れた。磯根会長は日本に4カ所残る和歌山県太地の出身。若い時代には捕鯨船の砲手として鳴らした。地元の窮状を痛いほど知り、協会会長としてミンククジラ漁の再開を”悲願”として訴えてきただけに、”素晴らしいスピーチだった。年がいもなく、泣けてしまった”という」。
本問題についての当否は、各人の判断にまかせたい。
● 日本鯨類研究所:
IWC総会 日本、脱退や新機関設立を示唆
【アンカレジ=共同】米アラスカ州アンカレジで開かれている国際捕鯨委員会(IWC)総会で、日本代表団は最終日の5月31日、日本の沿岸捕鯨再開が受け入れられないとして、IWCからの脱退や、新しいクジラ資源管理機関の設立に向けて準備を始める可能性を表明した。
日本は同日午後の総会で、和歌山・太地など4地域で行うミンククジラの沿岸捕鯨の捕獲枠設定に向けた決議を提案したが、米国やニュージーランドなどから反対が相次ぎ、合意形成の可能性がなくなった。これを受け、水産庁の中前明・次長が「資源管理機関としての役割を取り戻す最後の機会を失った。忍耐も限界だ」と強い口調で反捕鯨国を非難。IWCからの脱退や沿岸捕鯨の再開の可能性を表明した。
特に新機関設立については「準備会合の開催に大きな関心がある」とした。2009年の年次総会を誘致していた中田宏横浜市長も辞退を表明した。
総会はまた、1986年から実施されている商業捕鯨の一時禁止(モラトリアム)を支持する内容の決議を賛成37、反対4、棄権4の賛成多数で採択、閉幕した。日本を含む捕鯨支持国26カ国は投票に参加しなかった。
昨年は日本など捕鯨支持国が提案した「モラトリアムはもはや必要ない」とした総会宣言が1票差で採択されたが、反捕鯨国が巻き返した。
採択されたのは、絶滅の恐れのある野生生物の国際取引に関するワシントン条約に関する決議で、「モラトリアムは引き続き有効で、存在理由にも根拠がある」との文言がある。
前回総会の議長国で捕鯨支持国のセントクリストファー・ネビスは「過去の宣言を無効にするような決議は、IWCをさらに分断することになる」などと反発した。