歎異抄・教行信証〈1〉 (中公クラシックス) 親鸞・唯円著 石田瑞麿訳
中央公論新社価格: ¥ 1,470
親鸞上人は法然上人の弟子にして浄土真宗の祖師、そして一真理の書「教行信証」を著した方である。親鸞の「教行信証」、その弟子唯円による「歎異抄」との併書が本著『歎異抄・教行信証』である。石田瑞麿氏の素晴らしい訳が本著をまさに名著ならしめている。かつて私は「歎異抄」は拝読したことはあった。「教行信証」はその重厚さと深淵さからなかなか読み出すことができないでいたのだが、この名訳のおかげで本著に挑戦し、かつ完読することができたのである。本当に嬉しかった。本著の中で目が覚める想いをしたことを一つあげるならば、悪人正機(悪人往生)という親鸞の本質を知り得ることができたことである。“善人なをもちて往生をとぐ、いはんや悪人をや” (善人はもちろん悪人でさえも往生して浄土へいくことが出来る)という「歎異抄」の中で語られた親鸞の真意を私はずっと理解できないでいた。“南無阿弥陀仏”と唱えるだけで、果たしてそのような事が可能なのか。それに合点がいかなったのだ。ところが、本著を読了するに至りようやく納得がいった。悪人往生には念仏にくわえ、次の二事が必須不可欠たることを知り得たからである。「懺悔(心から悔い改める)」と「善智識(良い師について智慧を得る)」である。長年に渡る疑念が払拭、氷塊した時であった。石田氏の御慧眼と御精進に心からの賞賛を贈りたい。「教行信証」は他社からも出版されているものの、本著は氏の名訳によって仏教の深淵なる知識が必ずしもなくても、平易に読みすすめることができる。親鸞その人を知りたい方へぜひ本書をお薦めしたい。小乗、大乗の仏教知識があれば、もちろんより一層その理解が深まる。さらに学習したい読者は春秋社『原始仏典』全7巻、あるいは中村元博士の膨大かつ詳細な著書をひもとかれるとよい。釈尊(ブッダ)開祖たる仏教がこの苦の人生への妙薬たるその真髄を知って頂けると幸いである。
無境界―自己成長のセラピー論 ケン・ウイルバー著 吉福 伸逸訳
平河出版社(1986/06)価格: ¥ 2,100
あのときこうしておけば、と過去を思い悩む。明日はどうなるのだろうか、と未来を不安に思う。そして自分とはなにか、を思い煩う人々。そこに共通することは“今を生きることができない”ということである。遺伝的病理ではない精神疾患の多くはここにその因果をみることができる。普遍的宗教たる仏教、キリスト教、そしてイスラム教などは太古よりこう説いてきた:過去も未来もない。あるのは現在だけである。明日を思い煩うことなかれ。今を生きよ、と。本書『無境界』の中で、著者ケン・ウイルバーはこの普遍的真理と概念を駆使して“今を生きる”ことを熱く語る。「自分の内と外は無境界である。すべては一なるものであり、そこには過去も未来もない。あるのはただ現在のみである」。いま世界は混沌、混迷、そして混濁した時代にある。日本においても人間の根幹を揺るがす諸問題が顕現してやまない。私は医学教育に携わる者として、普遍的宗教が説いてきた真理、そして著者がコンパクトに、しかし堅実かつ科学的に詳述する本書の内容の“誠実さ”に改めて“今を生きる”ことの想いを強くしている。多くの方々に、さらに余力があれば人生に苦を感じてやまない人たちには是非とも本書をひもといてほしい。現代は物理的には豊穣である。ものにあふれかえっている。だが精神的にはどうだろうか。心の貧困さがこれほど著しい時代であるからこそ、この“今を生きる”ことの大切さが問わなければならない。